( けつ / xiě / Blood )


1. 定義

 人体の構成や生命活動を維持し脈中を流れ豊富な栄養を持つ赤色の液体。血液のこと。

1.1. 定義の解説
 血は津液と同様、人体を構成し生命を維持するために必要な基本物質である。血は水穀精微より化生した営気・津液を物質的基礎とし、これに心肺の気の働きが加わることで、脈中に注ぎ赤色の液体「血」へと転化する。血は物質的基礎として営気を含むため栄養物質に富んでおり、脈中を巡ることで全身を栄養している。また、血の物質的基礎には営気・津液の他に腎精が存在するが、腎精が血へと化生する過程は営気・津液のそれとは異なる。腎精は腎陽の温煦のもとに脈中に注ぎ血へと転化する。これを「腎精化血」と称する。また腎精と血は必要に応じ直接転化し合う関係(「精血同源」)にある。
[文献記載] 他文献の血に関する定義など。


2. 血の生成


 の材料である水穀精微と腎精は、脾胃・心・肺・腎など臓腑の共同作用による一連の気化過程を経て血へと化生される。  [詳細]

2.1.臓腑との関係
 は各臓腑作用の協調により化生される。血の生成には脾胃・心肺・腎など臓腑の作用が関わっており、このうち脾胃との関係が最も深い。これらの臓腑の作用が正常で協調していれば血は十分に生成され不足することはない。

1) 脾胃
 血生成の主な物質基礎である営気津液は、脾胃の運化転輸により生産された水穀精微から作られる。そのため脾胃は「血生化の源」と呼ばれる。 [詳細]

2) 心肺
 心肺は血生成の過程において大変重要な働きを担っている。 [詳細]


3)
 腎はを蔵し、精はを生じる。 精髄も血化生の基本物質の一つである。[詳細]


1) 『霊枢・決気篇』"中焦受気取汁、変化而赤、是謂血"(中焦気を受け汁を取り、変化して赤きを、是れ血と謂う)
2) 『諸病源候論・虚労精血出侯』"腎蔵精、精者、血之所成也。"(腎は精を蔵し、精なる者は、血の所成なり。)
3) 『張氏医通・諸血門』"精不泄、帰精于肝而化清血。"(精不泄なれば、精は肝へ帰りて清血と化す。)
4) 『侶山堂類辨・辨血』"血乃中焦之汁・・・・・・奉心化赤而為血。"(血は乃ち中焦の汁、・・・・・・心を奉じて赤と化し血と為る。)
5) 『霊枢・営衛生会篇』"此所受気者、泌糟粕、蒸津液、化其精微、上注于肺脈、乃化而為血"(此の受くる所の気は、糟粕を泌し、津液を蒸し、其の精微を化し、上りて肺脈に注ぎ、乃ち化して血と為し)


3.血の機能


1) 濡養
 は人体が必要とする栄養物質を豊富に含んでいる。各臓腑・経絡など組織・器官は血により濡養・滋潤され正常に働くことができる1)2)[詳細]


※ 濡養と滋潤は対で用いられる。この「濡養」という言葉は近年になって付け加えられたものである。
 濡養 … 液体によって栄養する
 滋潤 … 液体によって潤す

2) 化神
 血はの基本物質である。神には精神・神志・感覚・思惟などの表現があるが、これら神の活動の発現には血の濡養が必要である3)4)[詳細]

1) 『難経・二十二難』"血主濡之" (血は、これを濡すを主どる)
2) 『素問・五臓生成篇』(肝は血を受けて能く視、足は血を受けて能く歩む。掌は血を受けて能く握り、指は血を受けて能く摂る)"肝受血而能視、足受血而能歩。掌受血而能握、指受血而能摂"
3) 『素問・八正神明論篇』"血気者、人之神、不可不謹養"(血気なる者は、人の神、謹みて養わざるべからず)
4) 『霊枢・平人絶穀篇』"血脈和利、精神乃居"(血脈和利し、精神乃ち居る)


4. 血の運行


 は脈中を運行し全身を流れることで、その生理機能を発揮する。
 血の運行には多くの要素が影響を及ぼしており、多くの臓腑の働きに支えられ正常な運行が保たれている。

4.1.血運行の影響素因
 血は陰に属し静を主る。このため、血の運行には推し動かす動力が必要となる。この動力は主に推動作用温煦作用によるものである。明の虞摶も『医学正伝・気血』の中で"血非気不運(血、気あらざれば運ばず)"と述べている。[詳細]


4.2.臓腑との関係
 正常なの運行には、心・肺・肝・脾など臓腑の機能が密接に関わっている。

1)
 心は血脈を主る。
 心気は血を推動し脈中を運行させ全身に巡らせる。心気の充実と推動の作用が正常であるか否かが血の運行において最も重要な意味を持っている。

2)
 肺は百脈を朝し治節を主り、心の血脈を主る働きを補助している。[詳細]

3)
 肝は疏泄を主り、気機調暢する。これは血の運行がスムーズであるための重要なポイントの一つである。
 肝はの貯蔵と血量を調節する機能(蔵血)を持つ。肝の蔵血作用は疏泄作用と協調し、身体各部位の需要に応じ脈中を循環する血量を調節している。同時に蔵血作用は脈外への血の逸出を防止し、出血の発生を防いでいる。

4) (脾統血)
 脾は統血を主る。
 脾はの脈中における運行を固摂し、脈外への出血を防ぐ。

 以上のことから、血運行の推動と促進に重要な要素は次のようにまとめられる。[詳細]

 血運行の固摂と制御に重要な要素は次のようにまとめられる。[詳細]

 また、心・肝・肺・脾など臓腑の機能はそれぞれが単独で働いているわけではなく、相互の協調により、共同で正常な血の運行を保っている。したがって、いずれか一臓腑の働きが失調しても血運行の異常を引き起こすこととなる。[詳細]

 
 臨床では血運行の異常を治療する場合、直接血に対してではなくを通じてアプローチすることがある。これは以上の理論に基づいている2)

1) 『霊枢・決気篇』"壅遏営気、令無所避"(営気を壅遏(ようあつ)壅遏して、避くる所なからしむるを)
2) 『温病条辨・治血論』"故善治血者、不求之有形之血、而求之無形之気。"(故に善く血を治す者は、有形の血に之を求めず、無形の気を求める。)


5. 気・津液との関係


5.1.気と血の関係
 の間には"気為血帥(気は血の帥)"及び "血為気母(血は気の母)"と呼ばれる密切な関係が存在する。

1) 気為血帥の帥)
 「気為血帥」には「気能生血」「気能行血」「気能摂血」の三つの意義が含まれる。
(1) 気能生血きのうせいけつ
 「気能生血」とは気が血の化生(化血)を行う動力であることを指している。ここでいう気とは血の化生に関係する臓腑の気の推動作用発奮作用を指す。  [詳細]

(2) 気能行血きのうこうけつ
 「気能行血」とはの運行に推動作用が不可欠であることを指している。[詳細]



(3) 気能摂血きのうせっけつ
 「気能摂血」とはが脈中を循環するために固摂作用が必要であることを指す。[詳細]


2) 血為気之母 の母)
 「血為気之母」には、「血能養気」と「血能載気」の二つが含まれる。

(1) 血能養気けつのうようき
 「血能養気」とは、が充実しその機能を発揮するためにはの絶え間ない栄養提供が必要であることを指す。[詳細]

(2) 血能載気けつのうさいき
 「血能載気」とはが血中に存在することで体外に散出せず、全身を運行できることを指す2)3)[詳細]

 「血為気之母」とはに対する基礎的な作用である「血能養気」と「血能載気」を総括した表現である。
 血は陰に属し、気は陽に属す。生命活動はこの陰陽間の平衡と協調により正常に行われる。したがって気と血を調え陰陽の平衡を調えることは疾病の治療によく用いられる常用の治療法則である4)


5.2. 精と血の関係

1) 精血同源せいけつどうげん
 はいずれも水穀の精微より化生充養される物質であり、来源は共通である。両者は相互に補い・転化する関係にあり、どちらも濡養化神などの作用を備えている。精と血のこの種の関係(来源が同じで、相互に補い転化する関係)を「精血同源」と呼ぶ。[詳細]


5.3.津液と血の関係

1) 津血同源しんけつどうげん
 津液はいずれも水穀精微より化生し、ともに滋養と濡養の作用を備えている。両者は互いに転化し補うことができる。このような関係を「津血同源」と呼ぶ。

 津液は以下の方法で常に血の生成(化血)を行っている。[詳細]

 これに対しは臓腑・組織や官竅を濡潤するだけではなく、時に脈外に滲出し津液と化すことで脈外の津液の不足を補う。[詳細]

 津液の相互の転化は、次のように総括できる。
o 津液は脈中に滲入し、営気と結合し血と化す
o 血中の津液は営気と分離して脈外に滲出し、津液と化す

1) 『血証論・陰陽水火気血論』"運血者、即是気。"(血を運ぶ者は、即ちこれ気なり。)
2) 『血証論・吐血』"血為気之守。"(血は気の守を為す。)
3) 『張氏医通・諸血門』"気不得血、則散而無統。"(気は血を得ざれば、則ち散じて統無し。)
4) 『素問・調経論篇』"血気不和、百病乃変化而生"(血気 和せざれば、百病 乃ち変化して生ず)
5) 『霊枢・決気篇』"中焦受気取汁、変化而赤、是謂血"(中焦気を受け汁を取り、変化して赤きを、是れ血と謂う)
6) 『霊枢・癰疽篇』"中焦出気如露、上注谿谷、而孫脈、津液和調、変化而赤為血"(中焦の気を出だすや霧の如く、上より谿谷に注ぎ、而して孫脈に滲み、津液和調すれば、変化して赤く血と為る)
7) 『霊枢・営衛生会篇』"奪汗者無血"(汗を奪う者は血なし)
8) 『傷寒論』"衄家不可発汗"(衄家は発汗すべからず)"亡血家不可発汗"(亡血家は発汗すべからず)